御祭神・ご神木

御祭神

鹿嶋三嶋神社 御祭神

鎮座地

茨城県那珂市後台1番地

 

御祭神

茨城県の鹿島神宮にお祀りされております
「武甕槌命(建御雷之男神)たけみかづちのみこと」 雷神、武道、勝利の神様

静岡県の三嶋大社にお祀りされております
「大山祇命(大山津見神)おおやまつみのみこと」 山の神様、大自然の調和を司る神様

この二柱をお祀りしております。

 

境内社

   ・ 駒形八幡神社(応神天皇) ・ 若宮八幡神社(応神天皇) ・ 石尊大権現(日本武尊)
   ・ 阿夫利神社(大山祇命) ・ 稲荷神社(宇迦之御魂神) ・ 八坂神社(須佐之男命)

 

由緒

 創立は、和銅年間(708年〜715年)と伝えられています。
 明治12年の神社宝物目録の縁起書によると、当村に鹿嶋明神・三嶋明神・駒形八幡神社・若宮八幡神社は、昔、4ヶ所に分祀されていました。
 天和3年(1683年)に水戸藩主徳川光圀公の命により、庄屋根本甚衛門が願主となり、現在地に四社を合祀し、元禄9年(1696年)には、鹿嶋明神・三嶋明神と駒形八幡神社・若宮八幡神社を分霊し、駒形八幡神社・若宮八幡神社を合祀し末社となりました。そして、鹿嶋明神・三嶋明神の二神を祭祀し、鹿嶋三嶋神社となり、一村の鎮守となりました。(祭礼は西蓮寺村の禰宜越前が務めていました)
 駒形八幡神社・若宮八幡神社は、初代太田城主で佐竹氏を名乗った佐竹昌義(1081〜1147?)の氏神さまを常陸太田馬場から神霊を勧請しました。また一色文彦の調査で、大工大曽根氏の棟札が見つかり、応永年代(1394〜1427年)の頃の流れ造りであると明らかになりました。

 

関連事項

 昔、夏に氏子は神輿を奉じて、平磯町の清浄石に神幸する濱降り(磯出)をし、国家安泰・五穀豊穣を祈願し、夕方にもどるという【やんさまち】がありました。また、大祓いは、お田植祭を兼ねて、車丹波守が喘息の平癒祈願のため甘酒を竹筒に入れて神殿に供えました。

 参道の旧第一木造鳥居は、明治36年(1903)9月から平成21年(2009)9月までの106年間建立していましたが、老朽化により建て替えることになりました。
 新第一鳥居は、平成21年11月23日、氏子さま及び崇敬者さまのお力添えにより、笠間稲田石を用いた十五尺の八幡型明神鳥居が建立しました。また、同時に社務所も竣工しました。 

 

新第一鳥居 旧第一木造鳥居 明治36年9月吉日
  新第一鳥居   旧第一木造鳥居 (右:柱に書かれていた竣工日)  

 

文化財

・ 太刀一振(鎌倉時代作・刀身二尺三寸・藤原 吉政 作)
・ 神鏡一面(河上山城守 藤原 吉政 銘・水戸藩主徳川光圀公 奉納)



ご神鏡 

兼務社

・ 天満神社 茨城県那珂市豊喰1番地鎮座
・ 諏訪神社 茨城県那珂市西木倉1番地鎮座

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ご神木【二本で一本杉】 〜調和の世界〜

樹齢400年以上といわれる二股の杉
昭和52年に、落雷があり炎上しましたが、神社は奇跡的に無事残り、ご神木も生き続けております。

「二本で一本杉」この「ふたつでひとつ」には
私たち自身の中にある女性性と男性性、陰と陽、善と悪、魂と身体の調和、神さまと繋がる意図が込められており、そこはありのままでいい、ホッとした安心安全の満たされた豊かな調和の世界です。

ご神木に触れて、涙を流されたり、沢山の奇跡的な報告もいただいています。
それはその方が意図し、導かれ行動し、ご神木と共鳴し、自分自身を受け入れ、調和した結果なのでしょう。
私たちは本来神さまのかけら?自分自身の中にすべてがあるのです。


ご神木のご縁で夫婦になったふたりが、ご神木の葉を入れた「愛つむぎお守り」を手づくりしています。

杉は、まっすぐな木(直木=すぎ)から来ていると伝えられています。。

     
明治36年9月吉日
  2011年10月16日撮影
ご神木の二股になった部分に蛇の抜け殻がありました。
 

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